アトピーのサイエンス

アトピーについて、科学的根拠(=エビデンス)にもとづいて、分かりやすい言葉で伝えるブログです。

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診療ガイドラインとは?

カモノハシさん!
アトピーについてだいぶ勉強してきたし、そろそろ治療法治療薬についても教えてくれないかな?

シバイヌくん、こんにちは。
確かにそろそろ診療の現場で実際に行われている治療法や、処方されている治療薬について知りたいところですよね。
でも治療法治療薬について具体的に紹介する前に、まずはアトピー性皮膚炎の「診療ガイドラインについて説明させてください。

アトピー性皮膚炎の診療ガイドラインって、よくカモノハシさんが引用している医療関係者向けに治療の指針が記述された文書のことだよね?
その診療ガイドライン治療法治療薬とどう関係あるの?

それが、とても関係あるんです。
今回は、診療ガイドラインの成り立ちの経緯から、最新のガイドラインの策定に至るまでを追うことで、これからアトピー性皮膚炎の治療法治療薬を学んでいくための下準備をしましょう!

 

診療ガイドラインの歴史

 

シバイヌくん、突然ですがここで問題です。
日本皮膚科学会が初めてアトピー性皮膚炎のガイドラインが策定したのは、いつ頃のことだったでしょうか!?

どうしたの、急に?
うーん、アトピーっていう病名が提案されたのも 1933 年だったって、カモノハシさんが前に言ってたよね?
そうすると、治療の指針ができあがるのは 1960 年代とか、1970年代ごろかな?

シバイヌくん、素晴らしい推測です。
そして、アトピー性皮膚炎の歴史について、よく覚えていましたね。
でも残念ながら、正解はなんと 西暦 2000 年なんです!

え!?
そんなに最近のことなの!?

プロ意識の高い皮膚科医の時代(1970 年代)

ところでシバイヌくん、ステロイド外用薬って知っていますか?

うん、皮膚科にいったらよくもらう薬だよね?
それが診療ガイドラインとどう関係あるの?

じつは、診療ガイドラインが策定された背景には、ステロイド外用薬の存在が大きく関わっているんです。これについては、金沢大学皮膚科前教授の竹原和彦氏の報告*1に詳しく記述されているので、この内容に則って説明していきますね。

ステロイド外用薬とは、一言で言うと、皮膚の炎症を抑える塗り薬です。
アトピー性皮膚炎は皮膚の炎症を伴う疾患だったため、1950 年代から炎症を鎮める作用(抗炎症作用)のあるステロイドを、塗り薬(外用薬)として応用する研究がさかんになりました。

そして、1970 年代には様々な強さのステロイド外用薬が誕生し、これらのステロイド外用薬を使い分けられるプロ意識の高い皮膚科医が、アトピー性皮膚炎の治療を適切に行っていたそうです。
竹原氏の言葉を借りれば、この頃は「バラ色の時代」でした。

ステロイド外用薬の乱用と反省の時代(1980 年代)

しかし、「バラ色の時代」はそう長くは続きませんでした。
これには、ステロイド外用薬の副作用の発生が大きく関係しています。

実は、プロ意識の高い皮膚科医の影で、一部の未熟な医師たちによるステロイド外用薬の乱用が起こっていました。
彼らは、ステロイド外用薬を万能薬のようにとらえ、軽微な炎症に強いステロイド外用薬を選択したり、炎症のない皮膚疾患にステロイド外用薬を処方したりしていました。

その結果として、ステロイド外用薬による副作用が頻発し、1983 年には初のステロイド訴訟も起こりました。
これをきっかけとして、ステロイド外用薬の副作用に関して、社会的にも関心が集まるようなります。

ステロイドバッシングの時代(1990 年代)

ステロイド外用薬の乱用については皮膚科医側からの反省もあり、副作用の発生自体は 1980 年代以降、稀(まれ)になっていました。
本来、ステロイド外用薬は、適切に使われてさえいれば副作用が起こることは滅多にないためです。

しかしながら、世間ではメディアや患者団体によるステロイド外用薬の悪魔化が進みました。
1992 年のテレビ朝日の報道番組『ニュースステーション』での特集を頂点として、ステロイドバッシングが起こっていったのです。

その結果として、医療の現場では適切な強さのステロイド外用薬の使用さえも避けられるされるようになります。
そして、ステロイド」といった民間療法などの、科学的に根拠のない代替治療が蔓延していきました。この中には、アトピービジネス」と呼ばれる悪質なものも含まれていました。

こうした混迷の中で、日本皮膚科学会は 2000 年に初めて、標準的なアトピー性皮膚炎治療に特化した「指針」として、アトピー性皮膚炎治療ガイドラインを作成し、診療に携わる医療関係者に向けて公開しました。
そして、このガイドラインの中に、ステロイド外用薬を用いた標準的な治療法が明記されたわけです。

 

なるほど!
ガイドラインの策定までには、ステロイド外用薬の発明②その乱用による副作用の発生③メディアのステロイドバッシングによる治療法の混乱っていう複雑な経緯があったんだね。

アトピー性皮膚炎診療ガイドライン 2018

 

診療ガイドライン策定の歴史に触れたところで、現在公開されている最新のガイドラインに触れていきますね!

よくカモノハシさんが引用しているガイドラインは、2018 年に策定されたものだったよね?

現在、日本皮膚科学会のウェブページで公開されているアトピー性皮膚炎診療ガイドライン 2018*2は、日本皮膚科学会と日本アレルギー学会が共同で策定した、日本語で閲覧できるものの中では最新のガイドラインです。

ガイドラインの作成には各大学の医学部で教鞭を執る医師が多く参加し、これまでに蓄積されてきた医学的な研究成果に基づいた内容となっています。
このガイドラインの立ち位置について、簡潔に記述されている箇所が冒頭にあるので、それを引用させてもらいますね。

ガイドラインに記された医療行為に関する記載 は,evidence-based medicine(EBM)の観点から,現時点における日本国内のアトピー性皮膚炎の治療方針における目安や治療の目標など診療の道しるべを示すものであり,診療の現場での意思決定の際に利用することができる.

アトピー性皮膚炎診療ガイドライン 2018. 日皮会誌 128 (12), 2431 - 2502, 2018

 

「evidence-based medicine (EBM)」ってなに?
どうして突然英語が出てくるの?

これは失礼しました!
「evidence(エビデンス)」とは「証拠」「根拠」「based(ベイスド)」「(なにかに)基づいた」「medicine(メディスン)」は「薬」という意味もありますが、ここでは「医療」という意味になります。

つまり、「evidence-based medicine (EBM)」とは「根拠に基づいた医療」という意味です。
ここでいう「根拠」とはもちろん、「科学的根拠」のことですよね。

医師がアトピー性皮膚炎の診療を行う際に参考にできるように、科学的に信頼性の高い情報に基づいて作成した診療指針が、本ガイドラインというわけです。

 

ちょっとまって!
ということは、お医者さんは必ずしも、このガイドライン通りに診療を行わなくても良いということ?

よく気が付きましたね!
実はシバイヌくんの言う通りで、医師は必ずしもこの診療ガイドラインを守らなければならないわけではないんです。

診療ガイドラインは基本的に、医師や看護師、また製薬会社などの医療関係者に向けて策定されるものであって、特に医師にとっては診療の「道しるべ」となります。
とはいえ、医師には自信で患者の治療法を、患者に相談したうえで決定する裁量があるため、かならずしもこれを守らなければならないというわけではないんです。
この考え方は、実はガイドライン自体にも明記されてるんですよ。

診療ガイドラインは,症例毎の事情を踏まえて行われる医療行為の内容がここに記載されているものと異なることを阻むものではなく,医療者の経験を否定するものでもない.

アトピー性皮膚炎診療ガイドライン 2018. 日皮会誌 128 (12), 2431 - 2502, 2018

診療ガイドラインはあくまで、現時点で最も信頼できる情報に基づいた「指針」に過ぎません。残念ながら、このガイドラインに従ってさえいれば、すべての患者の症状を改善できるというわけではないのです。
中には、ガイドラインに記載された標準治療だけでは快方に向かわない症例もあるため、そこから先の治療はそれぞれの医師の経験と洞察に委ねられます。

また、ときには医師が前例のない治療を行い、それが新たな発見につながることもあります。こうした医学の進歩の可能性を残すためにも、治療における医師の裁量は尊重されているわけなんです。

つまり、ガイドラインとは、あくまでもある時点におけるガイドラインであって、それを更新し続けるために新たなエビデンス(=科学的根拠)を蓄積するのも医師の役割というわけです。

 

なるほど!
お医者さんには治療方法を決める裁量があるから、治療がガイドラインに沿わないこともあるってことは、頭に入れておいたほうがよさそうだね。

 診療ガイドラインとサイエンスコミュニケーション

 

でもガイドラインって、お医者さんや看護師さん、あとは製薬会社の研究者みたいな、医療関係者向けに書かれているんだよね?
そうすると、一般の人にはちょっと難しそうだね。

アトピー性皮膚炎診療ガイドライン 2018は、日本皮膚科学会のウェブページ上で公開されているため、誰でもアクセスすることはできます。

ガイドラインにはステロイド外用薬への誤解を解説する箇所も含まれているため、一般の方にも有益な内容となっています。
しかしながら、あくまでも医療関係者向けに策定されているため、どうしても専門用語が多く、一般の方が読解するには難しいかもしれません。

医師が患者一人ひとりに対して、ガイドラインの内容を噛み砕いて説明できれば問題ないかも知れませんが、医師が患者一人にかけられる診療時間を考えると、やはり現実的ではないかもしれません。

そこで、サイエンスコミュニケーション(科学コミュニケーション)の出番です。

サイエンスコミュニケーションとは、「科学者と科学者でない人たちとのコミュニケーション」のことです。

わたしのような医療従事者のはしくれでも、専門用語で溢れる診療ガイドライン英文の論文を読んで理解することはできます。それらの内容を、このブログを通して一般の方にも分かりやすく紹介していくことで、アトピー性皮膚炎の病態や治療法への理解を促し、医師と患者との間にある溝(みぞ)を埋めることができれば、と考えているわけです。

 

たくさんのエビデンス(=科学的根拠)が積み上げられた末に策定されたガイドラインだからこそ、サイエンスコミュニケーションを通して一般の人にも理解してもらうことが重要というわけだね!

これからも診療ガイドラインを中心に、治療法や最新研究について、分かりやすく伝えていこうと考えているので、どうぞよろしくおねがいします!

 

まとめ

 

*1:竹原和彦:ステロイド外用薬の悪魔化とアトピービジネス. アレルギー 50 (8) 654 - 656, 2001

*2:アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2018. 日本皮膚科学会雑誌 128, 2431–2502 (2018)。