アトピーのサイエンス

アトピーについて、科学的根拠(=エビデンス)にもとづいて、分かりやすい言葉で伝えるブログです。

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アトピーの疫学 〜有症率と重症度〜

それにしても、どうして僕ばっかりアトピーになってしまったんだろう。
僕のまわりでは他に誰もアトピーを患っていないのになあ。

シバイヌくん、元気なさそうですね。
確かに、まわりに同じ境遇のひとがいないと、余計に気分が落ち込みますよね。

カモノハシさん。
それにしても、だいたいどれくらいのひとがアトピーを患ってるものなのかな?

シバイヌくん、実はアトピー性皮膚炎の有症率(ゆうしょうりつ)については、さまざまな調査がなされていますよ。
いい機会なので、今日はアトピー性皮膚炎の疫学(えきがく)について、一緒にみていきませんか?

有症率?
疫学?

 

疫学とは?

まず、「疫学(えきがく)」という言葉を説明する必要がありますね。
これについては、日本疫学会が詳しい定義をウェブページ上で公開しているので、そちらから一部を抜粋させてください。

疫学とは、「明確に規定された人間集団の中で出現する健康関連のいろいろな事象の頻度と分布およびそれらに影響を与える要因を明らかにして、健康関連の諸問題に対する有効な対策樹立に役立てるための科学」と定義される。

日本疫学会 「疫学用語の基礎知識」
https://jeaweb.jp/glossary/glossary001.html

 

冬になるとインフルエンザが流行るので、全国で感染者が何人出たか発表されますよね。
身近な例で言うと、あれも「疫学」です。

なるほど、聞いたことない言葉だったけど、意外と身近なものだったんだね!

「疫学」における研究の基本は、ある疾患がいつ(年代・季節)どこで(国・地域)だれに(年齢・性別・職業・人種)どのように(症状の特徴・重症度)どうして(何がきっかけで)起こったのかを詳細に調べることです。
このような調査を行うことで、疾患が出現するための共通の条件を洗い出し、これを疾患の原因解明や、発症を防ぐための対策に役立てることが出来るようになるわけです。

アトピー性皮膚炎を例にして説明してみましょう。
複数のアトピー性皮膚炎患者さんを対象とした調査により、「冬」「お風呂のあと」に皮膚がかゆくなるという、一貫した症状の傾向が結果として得られたとします。
これをもとに、疫学研究を行う医師や研究者は、疾患の原因となりうる要素(例;肌の乾燥)効果が期待される対策(例;保湿剤を使う)を推測することができるわけです。

つまり、「疫学」とは、ある集団内において特定の疾患をもつ人の割合(有症率)や症状の程度(重症度)などを明らかにすることだけではなく、それをもとに疾患の原因を解明したり、対策を確立したりするのに必要な「手がかり」を得ることも目的とする学問なんです。

とはいうものの、この記事の目的は「日本にアトピー性皮膚炎の患者がどの程度いるのか」を解説することなので、以降は「有症率」「重症度」に絞って説明を続けていきますね。

アトピー性皮膚炎の有症率

「有症率(ゆうしょうりつ)」とは、調査対象の集団に占める、ある疾患をもつ人の割合のことです。
割合なので、パーセント(%)で表されます。

例えば、 10 の集団を調査して、そのうち 1 人アトピー性皮膚炎であった場合、アトピー性皮膚炎の「有症率」1 / 10 = 10 % となります。

とはいえ、日本人全体(約 1 億人)に占めるアトピー性皮膚炎患者の有症率を調べるために、国民全員を調査するのはとても大変ですよね。
そこで重要になるキーワードが、「母集団(ぼしゅうだん)」「標本(ひょうほn)」です。

「母集団」とは、調査したい対象全体のことです。
この例で言えば、約 1 億人の日本人全員ということになります。
これに対して「標本」とは、そこから選んできた実際に調査を行う対象の一部を指します。
この例で言えば、一部の日本人ということになります。
十分な数の「標本」を調査すれば、「母集団」と同等の結果が得られる、という考えに基づいて、標本の調査が行われるわけです。

 

なるほど、母集団有症率を調べるために、十分な数の標本を母集団から選び出して調査するんだね。
ところで、十分は標本の数っていうのは、具体的にどれくらいなの?

シバイヌくん、とっても重要な質問です。
妥当(だとう)な標本の数は、行う調査の内容によって複雑な計算をして決定します。
とても難しいので、ここでは詳しく説明しませんが、実際に行われた疫学調査の結果を参照しつつ、その標本数も確認していきましょう。

年代別の有症率

日本皮膚科学会が策定した『アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2018』には、国内における各年代別の有症率が詳しく記されています*1
このデータをもとに棒グラフを作成してみました。

アトピー性皮膚炎の有症率は、 4 か月児から 30 代までは 10 % 前後を推移しています。
その後、40 代、50 〜 60 代になると、大きく減少するようです。
つまり、アトピー性皮膚炎は乳幼児から 30 代くらいまでの若い年齢層に多い疾患で、有症率はだいたい 10 %くらいである、ということがこのグラフから読み取れますね。
標本の数は、各年代ごとに 1000 人〜 10000 人前後です。

 

アトピーって子どもに多いイメージがあったから、20 代や 30 代でも 10 % ちかくの人が患ってるっていうのには驚いたよ。
それに、1000 人〜 10000 人っていうすごい人数を調査してるなら、信頼できそうだね!

調査によっては、診断の手法が違ったり、標本の属性(地域や職業など)が違ったりすることで、同じ内容の調査でも結果にばらつきが生じることはあります。
ただ、ガイドラインに記載されているデータなので、大まかには正しいと考えてよいのではないかと思います。

地域別の有症率

日本の中でも、地域によってアトピー性皮膚炎の有症率に違いはあるのでしょうか。

日本医科大学で皮膚科の教授を務める佐伯秀久氏らは、2005 年に全国の小学生を対象としてアトピー性皮膚炎の有症率を調査しました*2
調査の対象となったのは、北海道、岩手、東京、岐阜、大阪、広島、高知、福岡の 8 都道府県で、標本数はそれぞれの地域で 2500 人〜 3500 人でした。
以下に、調査結果をまとめた図をお示ししますね。

いずれの都道府県においても、有症率は 10 % 前後であることが分かります。
意外かもしれませんが、アトピー性皮膚炎の有症率は、北海道や東北地方の寒冷な地域で高いわけではなく、実は日本全国で有症率に大きな差はないんです。
また、最も有症率の高い福岡と、最も低い岩手の間では 2 倍近くの差がありますが、これは気候による違いというよりも、都市部と地方の違いによるものではないかと考えられているようです。

 

確かに福岡で有症率が高いっていうのは意外だけど、基本的には地域ごとに大きな差があるわけではないと考えたほうがいいんだね。

この報告によると、他の都道府県と比べて、福岡では調査への参加率が非常に低かったようで、それが理由で結果に偏りが生じたのではないかとも考えられています。
いずれにせよ、日本の中で大きな地域差はないということですね。

アトピー性皮膚炎の重症度分布

さて、ここまでは「有症率」、つまり「どれくらいの人がアトピー性皮膚炎を罹患しているか」について説明してきました。

ここからは「重症度分布(じゅうしょうどぶんぷ)」、つまりアトピー性皮膚炎を罹患しているひとの中で、症状の程度(軽症・中等症・重症・最重症)がどれくらいの割合で存在しているか」についてみていきましょう。

重症度の分類

「重症度分布」について説明する前に、アトピー性皮膚炎では、「重症度」がどのように分類されているか知る必要がありますね。
アトピー性皮膚炎では、重症度を「軽症」「中等症」「重症」「最重症」の4段階に分類します。
それぞれが実際にどのような病状を表すかを詳しく知るために、ここでも『アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2018』を参照してみましょう。

アトピー性皮膚炎重症度のめやす


軽症:面積にかかわらず,軽度の皮疹のみみられる.


中等症:強い炎症を伴う皮疹が体表面積の 10% 未満にみられる.


重症:強い炎症を伴う皮疹が体表面積の 10% 以上,30% 未満にみられる.


最重症:強い炎症を伴う皮疹が体表面積の 30% 以上にみられる.


*軽度の皮疹:軽度の紅斑,乾燥,落屑主体の病変
**強い炎症を伴う皮疹:紅斑,丘疹,びらん,浸潤,苔癬化などを伴う病変

アトピー性皮膚炎診療ガイドライン 2018. 日皮会誌 128 (12), 2431 - 2502, 2018

 

うーん、分かったような、分かってないような。
「軽度の皮疹(ひしん)」
「強い炎症を伴う皮疹」の区別が難しい・・・

ここで「強い炎症を伴う皮疹」を説明するキーワードとなっている「紅斑(こうはん)」「丘疹(きゅうしん)」「びらん」「苔癬化(たいせんか)」などの、皮膚病変の様子を表すための言葉について、詳しく説明したほうがよさそうですね。

皮膚病変の様子

・紅斑(こうはん)
炎症に伴う毛細血管の拡張などによって、皮膚表面が赤くなる状態のこと。軽症の患者にも、軽度の紅斑が認められることがある。

・丘疹(きゅうしん)
皮膚の赤みに加えて、平らな皮膚から少し盛り上がった病変のこと。中等症の患者に少数みられ、重症以上になると多くみられるようになる。

・びらん
掻破(そうは)を繰り返した結果、皮膚がむけてしまった状態。ジクジクした表面の様子が特徴。重症以上の患者に多くみられる。

・苔癬化(たいせんか)
「びらん」のような状態が長く続いた結果、防御反応として皮膚がごわごわと厚くなった状態重症以上の患者に多くみられる。 

アトピー性皮膚炎に伴う皮膚病変の様子を表す専門用語はこの他にもありますが、まずはこのあたりを理解出来れば、「軽症」「中等症」「重症」の皮膚病変について、なんとなくイメージできるのではないでしょうか。

 

うん、難しいけど、すこし分かってきたよ。
僕は「丘疹」「びらん」「苔癬化」はなさそうで、関節の裏側が乾燥してかゆいだけから、多分「軽症」だと思うな。

当然ですが、病変の様子は皮膚科を受診して判断してもらうのが一番確実です。
くれぐれも自身で重症度を判定したり、治療方針を独断で決めてしまったりするのは避けてくださいね。

 年齢別の重症度分布

アトピー性皮膚炎の重症度は4つに分類され、これらは主に皮膚病変の質と量によって異なることが分かりました。

では、アトピー性皮膚炎患者の中で、それぞれの重症度がどのような割合で分布しているのか、有症率の時と同様に、年代別にみていきましょう。
以下に、アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2018』に記載された調査結果に基づいて、作成した棒グラフを示しますね。

実はいずれの年代においても、アトピー性皮膚炎を患うほとんどの方は「軽症」なんです。
そして、「中等症」、及び「重症以上」の割合は、いずれの年代でも低いものの、学童期から 30 代頃までの間で、やや大きくなるようです。

 

アトピー性皮膚炎といえば乳幼児期に多いイメージだけど、中等症や重症のひとが多いのは 10 代から 30 代の若い世代なんだね。

そうですね。
とは言っても、若い世代の中でも大部分は軽症なんです。
アトピー性皮膚炎は重症化する前に、標準的な治療で症状を抑えることが大事ですね。

まとめ

  • アトピー性皮膚炎の有症率は、乳幼児期から 30 代まで約 10 % 程度
  • アトピー性皮膚炎の有症率に、大きな地域差はない
  • アトピー性皮膚炎患者の大部分は軽症

 

*1:アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2018. 日本皮膚科学会雑誌 128, 2431–2502 (2018)。

*2:Saeki, H. et al. Prevalence of atopic dermatitis in Japanese elementary schoolchildren. Brit J Dermatol 152, 110–114 (2005).