アトピーのサイエンス

アトピーについて、科学的根拠(=エビデンス)にもとづいて、分かりやすい言葉で伝えるブログです。

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アトピーの病態生理とは?

アトピーの症状や経過は患者さんごとに違うってことは何となく分かってきたけど、アトピーってどうしてこんなにも複雑な病気なんだろう?

シバイヌくん、とても良い質問です。
その答えのヒントは、アトピーの「病態生理(びょうたいせいり)」にあるかもしれませんよ。

カモノハシさん!いきなりで申し訳ないけど、「病態生理」ってどういう意味?

おっと、これは失礼。
ではまず、「病態生理」という言葉から説明していきますね。

病態生理とは?

「病態」とは、「病気の様子」「生理」とは、ある生命現象の根底にある仕組みを意味します。つまり「病態生理」とは、「ある病気の症状ができあがる仕組み」と言い換えることができるでしょう。

例えばインフルエンザは、インフルエンザウイルスが鼻や喉の粘膜に感染して、ウイルス自体がそこで増殖した結果、発症しますよね。
この、ウイルスが感染し、発症して悪化する仕組みのことを「病態生理」と言います
インフルエンザの病態生理が明らかになっているおかげで、インフルエンザワクチンをつくることができるようになり、手洗いやうがいが感染を防ぐのに効果的であることも分かったわけです。

というわけで、アトピー性皮膚炎の症状の複雑さや、治療法の意味を正しく理解するためにも、「病態生理」を知ることはとっても重要なんです。

アトピー性皮膚炎の病態生理

それではまず、日本皮膚科学会が作成したアトピー性皮膚炎診療ガイドライン 2018』*1を参照してみましょう。
アトピー性皮膚炎の病態生理について、ガイドラインには以下のように記述されています。

アトピー性皮膚炎は多病因性の疾患である.アトピー素因(体質)とバリア機能の脆弱性等に起因する皮膚を含む臓器の過敏を背景に,様々な病因が複合的に関わる事がアトピー性皮膚炎の病態形成に関与する.それら病因間にヒエラルキーのないことがアトピー性皮膚炎の症状や表現型の多様性に貢献する. 

アトピー性皮膚炎診療ガイドライン 2018. 日皮会誌 128 (12), 2431 - 2502, 2018

 

うう、やっぱりガイドラインの文章は難しい・・・
正直に言って、全然分からなかったよ。

シバイヌさん、大丈夫です。ガイドラインはそもそも医療関係者に向けて作成されているため、一般の方には分かりにくくて当然なんです。
一緒にゆっくりと読み解いていきましょう!

多因子疾患としてのアトピー性皮膚炎

先ほどのガイドラインの記述は専門的である分、どうしても難しく感じられますね。
でも、押さえておいてほしいのは「アトピー性皮膚炎とは1つの原因で発症するわけでなく、様々な要素が複雑に絡み合って発症に至る」ということです。
このような疾患のことを、「多因子疾患」と言います。

ガイドラインを参照すると、その発症や悪化に関わる因子の多様さがよく分かると思います。

病態を考える際、発症と悪化に関わる要因を考慮しなくてはならない.治療へのアドヒアランスはもとより,職場および日常生活環境における抗原や刺激物への曝露,ライフスタイルと温度や湿度といった環境因子,皮膚の生理機能の変調は皮膚炎の維持および増悪に関わる.アトピー性皮膚炎の痒みの誘発・悪化因子として温熱,発汗,ウール繊維,精神的ストレス,食物,飲酒,感冒などが特に重要とされる. 

アトピー性皮膚炎診療ガイドライン 2018. 日皮会誌 128 (12), 2431 - 2502, 2018

発症や悪化にかかわる因子がたくさんありすぎる!
いったいどれが重要なの!?

シバイヌくんの言う通りで、さすがにこれらの因子をすべて説明しても、病態生理の理解はなかなか進みません。
そこで、今回は「三位一体病態論(さんいいったいびょうたいろん)」という学説を参照することで、アトピー性皮膚炎の病態生理を説明をしていきますね。

「三位一体病態論」!?
なんだかよくわからないけど、すごそう・・・

三位一体病態論

京都大学医学部にて皮膚科学教室の教授を務める椛島(かばしま)健治氏は、「バリア機能異常」「アレルギー炎症」「かゆみ」3要素に着目した、アトピー性皮膚炎の「三位一体病態論」を提唱し、世界的に広く受け入れられています*2

アトピー性皮膚炎の複雑な病態は、以上にあげた3つの要素に注目して整理しつつ考えると、格段に理解しやすくなるんですよ。
それでは、順番に見ていきましょう。

① バリア機能異常

 

「バリア機能」ってどこかで聞いたことある気がするんだけど、どういう意味なんだっけ?

バリア「障壁(しょうへき)」「防御壁(ぼうぎょへき)」を意味する言葉ですよね。
皮膚は、異物が体の中に侵入したり、水分が体の外へもれ出てしまうのを防ぐ「防御壁」として働いています。
これを皮膚の「バリア機能」と呼んでいます。

皮膚は、体の表面の「バリア機能」を引き受けていて、その総面積の大きさから、「人体最大の臓器」なんて呼ばれることもあります。
それでは、まずは皮膚の断面の模式図を見てみましょう。

皮膚は大きく分けて、表皮(ひょうひ)真皮(しんぴ)と呼ばれる組織から成り立っています。
表皮はさらに、外側から角層(かくそう)顆粒層(かりゅうそう)有棘層(ゆうきょくそう)基底層(きていそう)の4種類の細胞層で構成されていて、いずれの層も、表皮細胞と呼ばれる皮膚の細胞が集まってできたものです。
表皮細胞の中でも分裂するのは基底層の細胞だけで、その中の一部の細胞が外側の有棘層顆粒層角層へと徐々に移動し、最後は垢(あか)となってはがれ落ちます。

4つの層のなかでも、いちばん外側の角層は、皮膚の「バリア機能」にとっても重要です
角層の表皮細胞(=角層細胞)はとても頑丈にできているだけでなく、細胞と細胞の隙間(すきま)は、セラミドコレステロールなどの「細胞間脂質(さいぼうかんししつ)」で満たされているため、この構造は「れんがとモルタルに例えられるほどしっかりしたものなんですよ。
つまり、角層細胞と細胞間脂質でできた「角層」はバリア機能の最前線として、体内への異物の侵入や水分の漏出(ろうしゅつ)を防いでいるわけです。

ところが、乾燥した環境や、洗浄剤物理的な刺激などにくり返しさらされたり、角層にとって大切なフィラグリンという遺伝子の変異(へんい)があったりすると、角層が脆(もろ)くなって、結果としてバリア機能が弱まってしまうことがあります。
このような現象を、「バリア機能異常」と呼びます。
バリア機能異常が起こると、異物(=抗原)が角層を通過し、皮膚の深部に侵入しやすくなった結果、「アレルギー炎症」が起きる可能性が高まります。

 

なるほど、つまり角層が皮膚のバリア機能にとっても重要で、これが壊れてしまうと、外から異物が皮膚の奥に入って来やすくなるってことだね。
ところで、フィラグリン」遺伝子がバリア機能に大切っていうのは分かったけど、このフィラグリンは皮膚でどんな働きをしているのかな?

シバイヌくん、もっともな質問をありがとうございます。
詳しく説明したいところですが、病態生理の説明から脱線してしまいそうなので、「フィラグリン」については別の機会にしっかりと時間をかけて説明させてください
それでは、次の「アレルギー炎症」について説明していきますね。

② アレルギー炎症

バリア機能が弱まった角層を、主にタンパク質からなる外来の抗原が通過すると、皮膚の深部で様々な免疫細胞が活性化します。
そのなかでも、「アレルギー炎症」で中心的な役割を果たすのが「2型ヘルパーT細胞(=Th2 細胞)」と呼ばれる免疫細胞です。

外来抗原の侵入によって活性化した Th2 細胞は、「サイトカイン」と呼ばれる小さなタンパク質を分泌します。
次に、「B 細胞」と呼ばれる抗体をつくるのが専門の免疫細胞が、このサイトカインを受け取ることで活性化して、アレルギーと関連の強い IgE 抗体を大量につくりだし、これがアレルギー炎症を引き起こします。
つまり、バリア機能異常が起きた皮膚では、Th2 細胞が中心となって、IgE の産生を伴うアレルギー炎症が生じるというわけです。

 

Th2 細胞サイトカインB 細胞・・・名前を覚えるだけで大変そうだなあ。
でも前回の記事で、アトピーのひとの血中では IgE 抗体の量が多いっていうのは知っていたから、どういう仕組みで IgE がたくさんつくられるのか、なんとなく分かってきたよ。

とくに、「Th2 細胞」と、Th2 細胞が分泌する「サイトカイン」は、アトピー性皮膚炎のアレルギー炎症で中心的な役割をしているため、今後も繰り返し触れていくことになると思います。
皮膚の表面ではなく深部で起きていることなので、いまいちイメージしにくいかもしれませんが、頭の片隅に置いておいてもらえると嬉しいです。
それでは、最後に「かゆみ」について説明しますね。

③ かゆみ

Th2 細胞のサイトカインの刺激よって大量につくられた IgE 抗体は、侵入した抗原とくっつくと、そのまま「肥満細胞」呼ばれるまた別の免疫細胞と結合します。
これによって刺激された肥満細胞は細胞の中にためていたヒスタミンと呼ばれる物質を放出し、これが皮膚の「かゆみ」を引き起こします。

 

ヒスタミンは聞いたことがあるよ。なんか、薬の名前に使われていたような・・・

シバイヌくん、するどいですね。ヒスタミン」は花粉症で起こる「かゆみ」の原因物質でもあるんです。
よって、花粉症の患者さんには、ヒスタミンを抑える「抗ヒスタミン薬」がよく処方されていますね。

そして大切なことは、かゆみははただ不快なだけではないということです。
かゆみに耐えられず皮膚を掻破(そうは)する、つまり「かきむしる」と、こんどは角層が物理的にダメージを受けてしまい、皮膚のバリアが破壊されます。
すると、皮膚の「バリア機能異常」が再び起こってしまいます。

 

ちょっとまって!
すると、「バリア機能異常」「アレルギー炎症」を引き起こして、次に「アレルギー炎症」「かゆみ」を引き起こして、今度は「かゆみ」「バリア機能異常」を引き起こして・・・ってこれ、ぐるぐる繰り返してない?

ご名答!
実はこの繰り返し構造が、アトピー性皮膚炎の病態生理を理解するうえで、とても重要な点なんです!

3要素の相互作用

このように、アトピー性皮膚炎の三位一体病態論では、「バリア機能異常」「アレルギー炎症」を、「アレルギー炎症」「かゆみ」を、「かゆみ」「バリア機能異常」を、連続して繰り返し引き起こすことで、病態をどんどん悪化させていくと考えられているわけです。
したがって、アトピー性皮膚炎の治療は、「バリア機能障害」、「アレルギー炎症」、「かゆみ」の各要素に着目して進めていくことが重要になります。

アトピー性皮膚炎の病態生理はやっぱり難しい

 

ううう、頭がパンクしそうだ・・・
だいぶ分かりやすく整理して話してくれたんだろうけど、やっぱりアトピーは複雑な病気なんだね。

そうですね。
かなり簡略化して説明したので、実はもっと細かい病態生理がたくさんあるんですけど、それはまたの機会にしましょうか。

え、そうなの・・・?
こんな難しい話は、しばらく聞きたくないんだけど・・・
あ、そういえばこの病態生理がどう治療と繋がってくるのかな?

だいぶ長くなってしまったので、治療法についてはまた別の記事で説明しますね。
とりあえず今は、アトピー性皮膚炎の「三位一体病態論」を頭に叩き込みましょう!

・・・・・

 

まとめ 

  • アトピー性皮膚炎の症状や治療法を理解する上で、病態生理を知ることはとても大切
  • アトピー性皮膚炎は多因子疾患で、病態生理は極めて複雑
  • アトピー性皮膚炎の病態生理の要は、「バリア機能異常」「アレルギー炎症」「かゆみ」の3要素(三位一体病態論)

 

*1:アトピー性皮膚炎診療ガイドライン 2018. 日皮会誌 128 (12), 2431 - 2502, 2018

*2:Kabashima, K. New concept of the pathogenesis of atopic dermatitis: Interplay among the barrier, allergy, and pruritus as a trinity. J Dermatol Sci 70, 3–11 (2013).。